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花火のお話し 花火の歴史-明治から戦後までの花火

投稿日:2017-07-03 更新日:

花火
先日の花火のお話は江戸時代末までの花火の歴史でした.今日は明治以降大きく変わった花火についてお話しします.

昔の花火(和火)と今の花火(洋火)

もし,現代人が江戸時代の花火をみたらびっくりすることでしょう.なぜかと言うと今の花火に比べると色も明るさも薄く,打ち上げ数も数十発でおしまいです.あまりにショボく見えると思います.

浮世絵などに花火の風景が残っていますが,あの独特の誇張表現が得意の浮世絵師達ですらそれなりの描き方になっています.

江都両国橋夕涼花火之図

江都両国橋夕涼花火之図

もちろん人へ与えるのインパクトは比較で決まりますから当時の人達はそれなりにすごいと思ったことでしょう.今日のイルミネーションを見慣れていると数十年前のイルミネーションであったろうそくと提灯は風情はあってもインパクトはありません.

いずれにしても江戸時代の花火と明治以降の花火は大きく変わりました.江戸時代の花火を和火,明治以降の花火を洋火と区別して呼ぶ場合もあります.和火は炭火色といわれる橙色の色のみでありましたが,洋火では様々な色ばかりでなく,明るさも格段に違ってきます.

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なぜかというと,明治以降は海外から塩素酸カリウム,炭酸ストロンチウム,硝酸バリウムなどの薬品が手に入るようになり,様々な混ぜ物で色が出せる様になりました.これは炎色反応という金属の化学反応を利用して鮮やかな色を出しています.

炎色反応の色

金属の種類によって発色が変わります.
リチウム – 深紅色,670 nm(赤紫色)
ナトリウム – 黄色,589 nm(無色)
カリウム – 淡紫色,760 nm(紫色)
カルシウム – 橙赤色(橙緑色)
ストロンチウム – 深赤色,460 nm(紫色)
バリウム – 黄緑色,524.2 nmと513.7 nm(青緑色)
銅 – 青緑色,510 nm(淡青色)

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発色の原理は以下の様になります.

炎色反応の原理(以下Wikipediaより修正引用)

「高温の炎中にある種の金属粉末や金属化合物を置くと試料が熱エネルギーによって解離し原子化されます.原子の中の電子は熱エネルギーによって励起され外側の電子軌道に移動します.励起された電子はエネルギーを特定波長の光として放出し基底状態に戻ります.この発光現象を炎色反応と言います.比較的低温で熱励起され,かつ発光波長が可視領域にあることが条件で,それには微粉末や塩化物のような原子化されやすい状態だと観察されます.」

さらに,大正時代には発光剤としてマグネシウムアルミニウムなどの金属粉を入れることで明るさが増しました.さらに大爆発音を出すために赤爆という名の塩素酸カリウムに鶏冠石(けいかんせき)を混合した火薬も開発されました.ヒ素の硫化鉱物です.

昭和の花火

明治から大正まで花火は新技術が導入され進歩しましたが,昭和に入ると不景気や緊迫した世界情勢の影響で下火となります.花火は贅沢品と見なされ高い物品税(1941年開始20%,翌1942年には60%)もかかるのでほとんど打ち上げられなくなりました.戦時中は花火製造業者は防空演習用の発煙筒や焼夷筒をつくるようになりました.

1945年に終戦を迎えるとGHQから火薬製造が禁じられました.しかし,平和の象徴として翌年9月29日には土浦で第14回全国煙火競技大会(後に土浦全国花火競技大会)が開催され,これが戦後初の花火大会となりました.また,1947年の新憲法施行記念でも皇居前広場で花火が打ち上げられました.

1948年8月にはGHQから在庫花火の消費を許可されました.約100社が許可され,黒色火薬を年間100トンの範囲で製造できるようになりました.物品税も次第に下げられ,ついに廃止されました.

花火の日

一方,同8月1日には両国川開きの花火大会が復活しました.この時の打ち上げ数は600発でした.

そしてこの8月1日が1967年花火の日に制定されました.5月28日も両国川開きが旧暦1733年(亨保18年)5月28日であったことから花火の日となっています.従って,花火の日は1年2回あります.

今日はこれまで.ではまた.

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