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4月13日は決闘の日

投稿日:2018-04-13 更新日:

決闘の日とは,ちょっと物騒な響きがあります.これは江戸時代初期の話で,宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島決闘の行われた日が慶長17(1612)年旧暦4月13日と言われています.

決闘の場所は豊前小倉沖にある舟島という無人島が選ばれました.これが後に巌流島の決闘と呼ばれる有名な場所です.

宮本武蔵は浪人で対する佐々木小次郎は細川家の剣術指南役だったようです.この戦いで勝利した宮本武蔵は後に熊本藩主 細川忠利に客分として招かれ熊本で余生を過ごしました.

「巌流島」という名前は,佐々木小次郎の号(ごう)が巖流であったところから決闘の後,そう呼ばれるようになりました.巌流という号*は文献により岩流,巖流,岸流,岸柳,岩龍と様々です.そもそも,有名な「佐々木小次郎」の名前も後年の芝居で名づけられたもので,本名は不明です.

現在知られている宮本武蔵や佐々木小次郎の話は主に吉川英治の小説「宮本武蔵」(1935年–1939年,朝日新聞連載)によるもので,わずかな史料をもとに想像力で創作されています.現在残っている史実のベースとなる史料は以下の通りです.

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宮本武蔵関連史料(年代順)

史料名 執筆年 執筆者・編者
1. 小倉碑文 1654年 承応3年 宮本伊織

2. 沼田家記 1672年 寛文12年 熊本藩士・沼田家家人

3. 江海風帆草 1704年 宝永元年 吉田重昌

4. 本朝武芸小伝 1714年 正徳4年 日夏繁高

5. 兵法大祖武州玄信公伝来 1727年 享保12年 丹治峯均

6. 武公伝 1755年 宝暦5年 豊田正脩

7. 二天記 1776年 安永5年 豊田景英

8. 兵法先師伝記 1782年 天明2年 丹羽信英

9. 西遊雑記 1783年 天明3年 古川古松軒

1612年が決闘の年で,一番古い小倉碑文ですら1654年と42年後のものです.史料4以降は100年以上後に書かれたものであることを考えると,本当のことを知るのはほとんど無理だと考えます.小説家の想像力とは凄いですね.

*注:号(ごう)とは称号の略で本名とは別に使用する名称のこと.

宮本武蔵 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E8%94%B5

佐々木小次郎 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E5%B0%8F%E6%AC%A1%E9%83%8E

巌流島
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%8C%E6%B5%81%E5%B3%B6

今日はこれまで.ではまた.

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